メールはタダの意味

○○さん HPの出来上がりを楽しみにして下さってありがとうございます。
リリースが遅れているのは、制作して下さっているWebデザイナーの方が多忙であるという事もありますが、実は発注側の私の要望で、すでに3回ほど納期を遅らせていただいているからなんです。(^^;
理由はデザイン性やコンテンツの迷いとか焦点が定まらないからではなく、改めて「今の時代の価値観」に色々と考えさせられる点が多いからです。「なにを今さら」と言われるかもしれませんが、この機会だからこそ改めて貴方を相手にこのメールを書いてみながら、もう一度頭の整理をしてみようと思い立った訳です。少々おつきあい下さい。
私が「メールコーチング」という方法にかなりの自信を持っているというか、その有効性を実感しているという事は貴方もご存知の通りですし、私を知る方々は「是非その路線を強く打ち出して!」と応援して下さっているのですが、一方でこういった忠告を下さる方もおります。
「どのコーチもメールを電話や面談のサブのツールにしているのは、ひとつにはメールはタダだっていう意識がみんなにあるからじゃないの?」
確かにそのとおり!では面談や電話が「時間の切り売りや電話代の事なの?」と超唯物論で考えたらおかしな気分になりますが、これは「情報に金額を付けるのか、情報はタダなのか」という古典的(?)なテーマ性とも結びつく話題であり、確かに情報提供者は「知識や体験という情報を金銭にする手段」をこれまでにも様々考え、苦労をして来ています。報道写真家や作家志望その他「創作」を目指す沢山の分野の方々が、「喰う為にではない内的衝動」から「名誉欲や金銭欲のためという外部評価」との中間領域で様々な体験をされているという話題は今回のテーマとはズレますが、「メールがタダ」の意味は、例えば「Webを使えばこれまでアクセス不可能と思われていた著名な方々からも、メールに個人的返信があったりする」という意味では歓迎すべきことであり、私もそういった時代の潮流は大歓迎をしています。
あ、このテーマは長くなりそうですね。また続きをお送りします。こうしてすぐのレスポンスを期待しないでお送りしておけるというのも、メールの利点のひとつと感謝しつつ。